Tag: 抗争

政党政治の終末期を見た

年内はコラムを書かないつもりでいたが、簡単に。

「みんなの党」が分裂した。

江田前幹事長と渡辺代表との間に出来た溝が堀になり、壊すことはおろか埋めることすら出来なくなった結果だろう。

離党した14名と他党からの人員を集めて新党を結成するようだが、どうなるかはわからない。

また、「日本維新の会」の東国原衆院議員も党とのすれ違いから離党し、比例区選出だったので議席返上をするため議員辞職をするという。

民主党も離党者が出ていたりするなど、野党は再編をしなければならないような状況に陥っているようだが、果たして簡単に出来るものか。

かつての新党ブームというものはすでに国民から飽きられていることは先の選挙もそうだが、前政権である民主党を見ても明らかだが、政策も理念も違う人間ばかりを集めた寄せ集め政党では結果的に国家国民に対して何も出来なかった。

無論、長年与党の自民党が全て正しく機能していたのかと問われればそれもない。

他国を見てもそうだが、政党政治というものは正直って面倒だ。

政党に所属していたからといって政党全員が同じ考えや答えを持っておらず、かといって派閥やグループに所属していても同じ考えや答えがあるわけではない。

かつては「領袖が白といえば白、黒といえば黒」というような時代で、政治も答えが2択しかなかったのだからある意味やりやすい反面、出来レースのようなものだった。

それが1993年の55年体制崩壊を契機に変動し、答えも複数化され、国民としてはより良い政治を期待したのだが、結果的には変わらないどころか余計に酷くなり、現在に至っている。

何事も「古き良き」で片付けてしまうことは宜しくない。

宜しくないが、どう考えても昔の政治もそうだが経済も人間も判断力があり、答えが分かりやすい方がやりやすかったと私は考える。

学術的根拠はないが、これは日本人の気質なのだろう。

無論、悪癖があることはわかっているが、多少はそのくらい行わないと国際社会では生きていけないと思うのは私だけだろうか。

密約だの献金だのも一種の政治取引だが、それを常に行い、また懐に入れてしまうような者がいたからこそ、悪い印象だけが残ってしまう。

話が少し脱線してしまったが、簡単に言えば新党なんか結党しても長続きはしないということだ。

一定のことだけで下野の下野をしても、どこかでまた綻びがあったり、他党と合流して与党を目指そうとするだろうが、果たして国家国民、そして国際政治がそれを受け入れるだろうか。

箱物というテリトリーやコミュニティを作ること、仲間と徒党を組むことも悪くはないが、本当にそれは選挙民へのためなのか。

自分が政治家として長期に生きていくためだけならただの愚問に過ぎない。

国際政治だって同様だ。

今話題のタイの反タクシン勢力との抗争や北朝鮮の金正恩体制下における権力闘争等により失脚した張成沢前国防委員会副委員長や関係者のの粛清・処刑に中国のチベットや国内政治等も諸問題もそうだが、欧米諸国にしてもそうだが、議会制や多党制、一党制ですら限界が来ているのであればもっと新しいことをしなければいけないはずだ。

答えは簡単に出るものではないが、せめて負の遺産として次世代以降へ残していくことだけは止めていただきたい。

責任ある立場にいる以上、それが役割であり義務なのだから。

今日の一言
「闇鍋会でも開いて本音を曝け出すのも一興、第二の松野頼三は何処か」

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