何かをするとき、最後に決断するのは本人である。
その「何か」は多種多様なためあえて事例等は書かないが、その決断が全て正しいのかはわからない。
私という人間が正しいと思い動いたとしても、万人がそれを受け入れるのかといえばそうではない。
必ずしも反対の声もある。
しかしながら何かをするときは「私心」が最後の決断の要である。
その「私心」がどこにベクトルを向けているかが物事の左右を決める。
とはいえ、その「私心」が時にわからなくなってしまうことがある。
分別がつかないとか理性がないとかというものでもなければ正当か妥当か不当かもわからない。
何がどうなっているのかすらも判らなくなってしまうことが一番怖い。
表立った答えが判ればいいのだが、「私心」というものは自身の考えであるため、余計に錯乱する。
なかなか自身の判断すら難しい。
人は「私心」で動くのだから贅沢だが、逆に貧しくもあるような気がする。
このままだと不毛な形になりそうなのでこの辺で。
私心が一番わからない・・・・。
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