Archives : 2013年12月

今年を振り返り

2013年もあと数時間で終了する。

思えば今年は考えていたよりも早く年が過ぎるのを感じた。

自身が年を取ったということもあるが、何をするにしても常に師走感が感じられる。

政局にしても消費税増税や日本版NSC設置に特定秘密保護法の開始という大きな問題が与党の数の力で簡単に通ってしまったし、経済も諸外国の状況を見ながらも景気回復も見受けられてきた。

早い分にはいいのだが、もう少し考えることも必要ではないのかと思うところもあった。

芸能界は相変わらず結婚・離婚ラッシュが続くし、犯罪も巨悪になっていく。

こちらについても考えることをすればもう少しいい方向にいったようにも思える。

何をするにも「思考」することが必要だなと改めて考えさせられた1年だった。

早すぎてお粗末になってしまうようでは某都知事のようなボロを出してしまう。

来年はもう少し考えることを皆様にお勧めしたいものだ。

今日のひとこと
今年の喜事「2020年の東京五輪決定」、今年の怒事「三鷹のストーカー殺人」、
今年の悲事「人と人の意思疎通の無さ」、今年の楽事「生活が発展していくこと」
個人的な総括「今年も自由気ままにやらせて頂いた事に感謝」

本年もお世話になりました、来年も一つお付き合い下さいます様、よろしく御願い致します。
皆様も御身体を大切に良い年末年始をお過ごし下さい。

※来年は1月6日の週からコラム始動予定です。

政党政治の終末期を見た

年内はコラムを書かないつもりでいたが、簡単に。

「みんなの党」が分裂した。

江田前幹事長と渡辺代表との間に出来た溝が堀になり、壊すことはおろか埋めることすら出来なくなった結果だろう。

離党した14名と他党からの人員を集めて新党を結成するようだが、どうなるかはわからない。

また、「日本維新の会」の東国原衆院議員も党とのすれ違いから離党し、比例区選出だったので議席返上をするため議員辞職をするという。

民主党も離党者が出ていたりするなど、野党は再編をしなければならないような状況に陥っているようだが、果たして簡単に出来るものか。

かつての新党ブームというものはすでに国民から飽きられていることは先の選挙もそうだが、前政権である民主党を見ても明らかだが、政策も理念も違う人間ばかりを集めた寄せ集め政党では結果的に国家国民に対して何も出来なかった。

無論、長年与党の自民党が全て正しく機能していたのかと問われればそれもない。

他国を見てもそうだが、政党政治というものは正直って面倒だ。

政党に所属していたからといって政党全員が同じ考えや答えを持っておらず、かといって派閥やグループに所属していても同じ考えや答えがあるわけではない。

かつては「領袖が白といえば白、黒といえば黒」というような時代で、政治も答えが2択しかなかったのだからある意味やりやすい反面、出来レースのようなものだった。

それが1993年の55年体制崩壊を契機に変動し、答えも複数化され、国民としてはより良い政治を期待したのだが、結果的には変わらないどころか余計に酷くなり、現在に至っている。

何事も「古き良き」で片付けてしまうことは宜しくない。

宜しくないが、どう考えても昔の政治もそうだが経済も人間も判断力があり、答えが分かりやすい方がやりやすかったと私は考える。

学術的根拠はないが、これは日本人の気質なのだろう。

無論、悪癖があることはわかっているが、多少はそのくらい行わないと国際社会では生きていけないと思うのは私だけだろうか。

密約だの献金だのも一種の政治取引だが、それを常に行い、また懐に入れてしまうような者がいたからこそ、悪い印象だけが残ってしまう。

話が少し脱線してしまったが、簡単に言えば新党なんか結党しても長続きはしないということだ。

一定のことだけで下野の下野をしても、どこかでまた綻びがあったり、他党と合流して与党を目指そうとするだろうが、果たして国家国民、そして国際政治がそれを受け入れるだろうか。

箱物というテリトリーやコミュニティを作ること、仲間と徒党を組むことも悪くはないが、本当にそれは選挙民へのためなのか。

自分が政治家として長期に生きていくためだけならただの愚問に過ぎない。

国際政治だって同様だ。

今話題のタイの反タクシン勢力との抗争や北朝鮮の金正恩体制下における権力闘争等により失脚した張成沢前国防委員会副委員長や関係者のの粛清・処刑に中国のチベットや国内政治等も諸問題もそうだが、欧米諸国にしてもそうだが、議会制や多党制、一党制ですら限界が来ているのであればもっと新しいことをしなければいけないはずだ。

答えは簡単に出るものではないが、せめて負の遺産として次世代以降へ残していくことだけは止めていただきたい。

責任ある立場にいる以上、それが役割であり義務なのだから。

今日の一言
「闇鍋会でも開いて本音を曝け出すのも一興、第二の松野頼三は何処か」

少し健康への弱音でも

寒くなったためか、ちょっと体調がよくない。

このようなことを考える年ではないのだが、用心はしておいた方がよい。

この1年半くらいで4つも病気になってしまった。

病名というほどでもないし、すぐに死んでしまうものでもない。

強いて言えば、早期完治が長寿への道ということだろうか。

元来、私は何事においても強い人間ではなかったが、見た目とは裏腹に健康ではあった。

しかし、年を重ね、立場も状況も変化すれば人間や動物だって変わってくる。

今ではすっかり不健康と三十路への仲間入り数歩手前になっている。

昔はこうなるなど考えたこともなかったのだが、今となっては自身の評価や自己管理が不徹底だったと言わざるを得ない。

幸い、病気は良好へと向かっているが、昔と違い、身体や精神がちょっと弱ってしまった。

気力がある時は元気なのだが、ちょっとでもバランスを崩せばもうダメである。

このままではいけないと思い、常に何かしらはしようとしているのだが、気持ちと身体がついていかない。

こういう状況を生み出してしまった自責の念が日増しに強くなっている。

来年はそうならないように少しでも変化に勤めなければと考えなければいけない。

何をするにも答えを一つにしてはいけない。

答えは無限、可能性も無限だ。

世の中もそうだが、私個人ももう少し背伸びをしてみよう。

来年の今頃は、もう少し健康でありたいと思う。

ちょっと骨休め

最近コラムを書いていない。

少し文章を書くこと、思考することに疲れてしまった。

年内は簡単なことだけ書いて、年明けから色々考察していこうと考えている。

今年も気づいたら師走だ。

年を重ねれば重ねるほど時の流れが若干ではあるが早く感じてしまう。

これも誰しも通る道なのだと考えればいいのだが、どうしても楽しいことや好きなことだけはのんびりと時が流れてもらいたいのだが、それはわがままなのだろう。

諸外国を見ても権力や国権のためのわがままが多く見られ、国内でも色々わがままな問題ばかりがある。

わがままはある種の特権ではあるが、度を越えるとただの迷惑行為でしかない。

何をするにしてもまずはお伺いを立てるか多少の思案をすべきだと思う。

全て自己中心的では何事も成り立たない。

だから私も皆様にこの文面でお伺いということで、骨休めをお許しあれ!

今日は三言
 崙団衄詭保護法は可決されても今後もより良い法へ国民で目指せばいいじゃないかと思うのは私だけか?」
◆崔瀬知事よ、辞める必要は無い!思う存分改革してくれ!だから全て話して信頼を取り戻せ!」
「国が世界を見なければいけない時がきた。まさに「今でしょ!」と言ってやりたい」

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