Archives : 2012年05月

東京競馬場にて

先日、後輩からの誘いで初めて東京競馬場へ行った。

以前1度だけ外観のみ拝見したことはあったが、中に入るのは初めてで、入るとそこは競馬場というよりも

品のある博物館や施設を彷彿とさせた。

当日は日本一観客が集まるという「東京優駿=日本ダービー」で、少しずつ観客が増えていくのが手に取るように

わかった。

初めての予想、パドックでの馬の様子、施設全体の様子を見てもこれだけの競馬人口がいるのかと改めて感じさせられた。

コースを見た。

馬たちが走る姿は躍動感があり、TVで見るよりもずっと迫力があり、興奮した。

欧米では紳士のたしなみだそうだが、日本では国営ギャンブル。

見方の違い、マナーなどを考えてしまえば日本はあまりよろしくはないだろう。

しかしながら、あれだけの観客に見られ、歓声を浴びるのだから競馬に係る人たちにとっては「仕事を成し遂げた」という感覚があるだろう。

見方は様々だろうが、久々に感動を覚えた。

賭け事は別にして、時々は競馬場に足を傾けてみるのもいいかもしれない。

ホースセラピーとかとはほど遠いが、少しはパワーをもらえるような気がする。

着眼点をずらすことも必要では?

ニュースとか新聞を見ていると、内容によっては「着眼点を変えてみては?」と思うことが多々ある。

別にその内容を否定するわけではない。

それはそれで筋道がしっかりしているのだから。

とはいえ、一直線すぎてもつまらないし捻りがあったとしてもベースが変わらない以上変化があったとは言い難い。

一歩立ち止まることも必要だが、立ち止まってもそのまま変わらずでは意味が無い。

それであれば考え方を変えてみるのもいいだろう。

しかし、考え方を変えるのは根本的なものを変えてしまう恐れがある。

からこそ着眼点をずらすことが必要だと思う。

正しいかは即答出来かねるが、少し捻くれた見方もいいのではないか。

たまには違う考え方をするのも面白いはずだ。

政治=国民という式はもうダメなのか。

政治が全く持って面白くない。

「面白い」という表現をすることは好ましくないのは重々承知しているが、近年の政治を見て思うことは、如何にして大衆に「政治」を理解してもらうかということだ。

マスメディアを大々的に使い、所属政党及び自身の宣伝をしているようだが、どう考えても逆効果でしかない。

TV出演は大いに結構だが、知的センスを問われるような番組に出て失敗すれば「公人」として恥をさらすことにも成りかねない。

そんなことをしている時間があればもっと選挙民や国のことを考えてもらいたいものだが。

そんな中、小沢一郎の裁判判決が出た。

「無罪」という一言が永田町以下各所を迷走、与野党だけでなく国民の注目の的になっている。

目を向けるところが違うと思うのは私だけだろうか。

小沢某が有罪になろうが無罪になろうが、それだけのことで政治に偏りが出ていいものなのか。

消費税増税に政治生命をかけている総理もいるが、それも偏りだと思う。

「国のために何かをする」という心意気だけあれば政治が勤まるわけもない。

そのために何をするのかが重要なのに、何故か小沢某へ目が向けられる。

この国は小沢のものか?それとも野田某が率いる与党か?

政治はあくまでも国民のためのものだ。

government of the people, by the people, for the people (人民の人民による人民のための政治)

米国の大統領だったリンカーンの名言だが、日本だけでなく、世界中の政治家がこの名言を引用しても胡散臭く聞こえてしまう。

志を振り返り、原点に立ち返って政治を考えてほしい。

一国民としての切なる願いだ。
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