エイプリルフール

今日は4月1日、エイプリルフールです。

周辺でも小さな嘘、面白い嘘、楽しい嘘が行われています。

インターネットサイトはその宝庫で、某サイトでは「食べられるサイト」、「ポケモンマップ」などを作って話題を集めておりました。

このような話題になるものであれば歓迎です。

それにしても技術が進化すればするほど、このような嘘も高度化するもので、この日のために力を入れている人も大勢いるんだろうと改めて感じました。

当方としては嘘をつく気はまったくございませんので、通常通りの生活ですが、少しでも心の安らぎにはなるのではと思います。

参考までに↓↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140401-00000001-it_nlab-sci(yahooより引用)

今日のつぶやき
「新年度、皆様、身体が資本ですので無理せずに」

離別しても仲間であることは変わらず。

先日、会社の同期の送別会をした。

入社して以来、定期的に飲み会をして親睦を深めていたが、ここにきての別れはある種辛いものを感じる。

離職や転職は個々の考えにより行うことだからそれを否定することは皆無だ。

ただ、今までのように付き合っていくことが難しくなってしまう。

我々はそのような気はないし、本人だって同様だが、社会環境が変われば今までのようにとはいかない。

それは我々にも言えることで、必ずそういう時がやってくる。

しかし、それを理由に疎遠になってしまうのは正直言って悲しいものだ。

私も10年以上合っていない仲間が多くおり、出来れば近況を知り、一度会いたいと思っている。

一度出会い、付き合いが出来れば誰でも仲間なのだ。

上下関係など関係ない、人と人の繋がりなのだ。

またいつか、仲間に会えることを願うしかない。

その時は時間を忘れて大いに楽しみたいものだ。

そんな日がやってくることを心から願う。


今日のつぶやき
「橋本さんよ、市長選はすべきじゃなかったね。白紙が次点候補より多いんじゃ税金の無駄だもの」



小保方さんの話から思うこと

STAP細胞で渦中の小保方さんという女性研究員、他方にて色々な報道がされている。

中でも驚いたのが「借金」と「虚言」という関係報道。

詳しいことは調べてもらえば判るのでここではあえて触れないが、ここまでマスコミはここまで報道するものなのかと私は呆れてしまう。

最初は時の人だったのが、今ではまるで人権を奪われている刑事被告人みたいなものだ。

善悪は別として、せめて人権を尊重はして欲しいと思ってしまった。

今の社会は一度失敗したら完全に社会的に抹殺するような風潮がある。

嫌な時代になったものだとつくづく考えてしまう。

もう少し、人対人として何事にも行動をして欲しいものだと改めて思った。

今日の一言
「春一番が到来してもまだ春は先なのか」


見えない先へ

人生は一本の「道」だ。

ただし、必ずしも直線とは限らない。

紆余曲折、右往左往し、各所のチェックポイントを経てゴールを迎える。

とはいえ、先が見えないと不安を覚える。

先日も友人と先々のことを話していたのだが、やはり見えてこないと不安が肥大する。

確かに、何をするにしても「確証」というものはない。

それが楽しめることが人としてある意味「粋」なところもあるが、万人がそんなことを出来るわけもない。

常に暗中模索の手探り状態、懐中電灯があればいい方だ。

中には先々のことが決まっていて、「道」も常に明るく照らされている人もいるが、そんな人は一握りでしかない。

もう少し、余裕を持てればいいのだが、簡単にいかないのが現状といえる。

この先、何が待ち構えているかは判らないが、先へ進むしか出来ない。

後退は出来ないし、コースアウトは逃げることになる。

せめて、先を進むために少々足元や先を照らす明かりがあればいいのだが。

そんなことを思いつつ、今日もまた見えない先を歩く。

週刊誌が人を悪意へ導く気がしてならない。

私はあまり週刊誌を読まない。

記事の内容などについては電車や新聞の広告で見る限りは気になるのだが、なかなか読む気にはなれない。

一番の理由はゴシップネタが強すぎることだろうか。

有名・著名な方からすれば有名税ということである種は致し方ないように思えるのだが、最近は悪意に満ちているように思えてならない。

まぁ、事実か捏造かはその当事者しかわからないからこちらとしては何とも言えないのだが、それにしても酷い。

人権というものを感じさせない記事は時として人を悪意へ導く。

「悪評千里を走る」ということわざがあるように、簡単に世間へ広まってしまう。

それが捏造や虚像の類だったとしても一度広がればなかなか疑惑は拭えない。

現に、インターネットなどではすぐに叩かれ、炎上するケースが多く見られる。

ジャーナリズムが正義という方もおられるが、今のジャーナリズムは正義ではない。

それに読者にしても見方が歪んでいる傾向が見受けられる。

今の時代、人は簡単に自分の手を下さず人を殺めることも出来てしまう。

そんな時代だからこそ、もっと視点を変えていかなければいけないのではないか。

今のままでは他人の視点のみでしかない。

今日のつぶやき
「今日は良い天気だ。そろそろ春が見えてきたのか」

その都度だけでは意味が無い

昨日も書いたが、本日は東日本大震災が発生して3年目だ。

進まない復興と煮え切らない被災者の心境を思えば、少しでも早く復興が進んでもらえるとという衝動に駆られる。

政府が、国が、地方が、ということを理由に言い訳はもう出来ない。

ことわざにもあるように「石の上にも三年」、もう限界は目に見えている。

被災者だっていつまでも現状に甘んじたくないが、動くに動けない。

故郷に、住まいに帰りたくても帰れないのが今の現実。

3年とは長いようで短い。

その間にやれることは限られているのは理解出来る。

とはいえ、復興予算が3兆円も使えずにいるというのは驚いた。

復興を進めなければいけないと安倍首相は言うが、結果をそろそろ出さなければいけないが、政権交代からまだ1年余りでは見えてこない。

それだけ、前政権がダメだったのかはわからないが。

それに、今は復興もそうだが、被災者のメンタルヘルスが重要になってきている。

仕事や家族を失った方、行き場をなくした方、震災で被災し、心に傷を負った方のケアが必要だ。

状況が状況だけに復興は簡単にはいかない。

しかし、それでも前進するしかない。

そのためにはその都度対応ではいけないのだ。

来年はもう少し復興が進み、被災者の幸が、笑顔が戻ってくることを願って。

今日のつぶやき
「震災被害者の方へ 黙祷」

3.11に思うこと

明日は3月11日、何事もなければ普通の平穏な日であったはずだ。

しかし、3年前の2011年3月11日、日本に大震災があった。

東北地方を中心とした「東日本大震災」である。

その時、私は仕事中で、外出先で立ち話をしていた。

何もなければそのまま帰社しようとしていた中での地震発生。

インターネットにて情報収集し、震源地と被災地の状況が映し出された。

津波で町が飲まれていく姿は今でも目に焼きついている。

震災から半年経った9月、仕事で東北に1泊した。

震災直後は酷い有様だと聞いていたが、半年で市街地はある程度元に戻ったように見えたが、翌日に車で被災地の一部へ行った。

想像を絶するものだった。

津波で建物が崩壊したり、田や畑といった農地が海水で水浸しのまま。

橋やちょっとした段差がなければ被害はもっと拡大していただろうと現地の方に聞いた。

それから2度ほど仕事で伺ったが、市街地には活気が戻ってきた。

それはそれで嬉しいが、未だに駅前周辺には被災者用の住宅居住地があり、まだ行っていない場所などは復興が進んでいないらしい。

建設資材の高騰や人材不足で工事入札も不調に終わり、工事が進まないとか。

原発についても未だに活路が見えず、相変わらず東電側と政府と地元による三つ巴が続く。

被災者からすれば早く復興が進んで欲しいことを望んでいるはずなのに、裏では利権が動く形が見え隠れする。

7年後には東京でオリンピックが開かれるということで、世間の目もそちらへ向きつつあるが、もう少し復興についても考えていくべきではないのだろうか。

個人的にはそう思えてならない。

今日の一言
「まだまだ冬が居座っている。デモじゃないんだから」

お金が諸悪の根源では大間違いだ!

最近、お金が関係する事件が多発化している。

御老人を騙す振り込め詐欺や仮想通貨を利用したマルチ商法詐欺、生活保護の不正受給、仮想通貨の悪用による企業倒産と利用者の損失、業務上横領にインサイダー取引、そして挙句の果てが殺人。

何故、人はそこまでしてお金に困り、犯罪を犯すのか。

お金が無ければ何も出来ないのは日本だけでなく、世界共通のこと。

金持もいれば貧乏だっている。

それは大半の国家が資本主義なのだから致し方ない。

貧困になっても生活をしている人だって世の中には大勢いる。

好きでそうなったわけじゃないことだってわかる。

だからこそ、精一杯働き、稼いだお金を使ってみんな生きている。

にも関わらず何故、このような犯罪が増えるのか。

国や世界の状態を言い訳には出来ない。

悪いのは犯人だ。

出来心の万引きや窃盗も犯罪だが、殺人にまで発展してしまうこと事態考えられない。

お金が欲しいなら働くべきだ。

雇用促進が求められている現代、どの業種でも働き手は必要なのだ。

使い方は個々の自由、働くだけ働いて稼げばその分が自分に戻ってくる。

簡単に言えばそれだけのことなのだから、特段何もなければ誰だってお金は手に入る。

しかしながら、お金がらみの犯罪は増える一方。

諸事情があったとしても、結局は自己次第で物事は変わる。

これ以上、お金がらみで人が亡くなるような事件が発生しないことを切に願う。

今日の一言
「佐村河内氏、写真と印象変わってたな。反省より猛省してもらいたい。」



「命」の尊さを知れ!

犯罪の低年齢下に歯止めが掛かっていない。

2013年8月、三重・朝日町で、女子中学生が殺害された事件で、18歳の少年が強盗殺人の疑いで逮捕された。

四日市市の中学3年の女子生徒を殺害し、現金6,000円を奪った強盗殺人などの疑いが持たれている。

当初、少年は事件への関与を否認していたそうだが、その後、「1人でやった、金目的でやった」と、容疑を認める供述に転じたという。

また、事件後、短文投稿サイト「ツイッター」に「手の震えが止まらない。平和の町だったのに」などと書き込んでいたとか。

この報道を見て、ある事件を思い出した。

東京・吉祥寺にて昨年の2月に少年2名が路上で帰宅途中の女性を殺害し財布入りのバッグを奪ったとして警視庁に逮捕され、先月に無期懲役の判決が出た。

確かこの2名も今回の事件の被疑者と同年代。

お金欲しさとはいえ、簡単に人を殺めてしまっていいものなのかと憤りを覚える。

今回の事件後、被疑者は普通に生活し、就職先も決めて高校を卒業したそうだが、心の内は如何なるものだったのだろうか。

それにしても昨今では「命」が簡単に奪われる。

「命」に相場はない、「命」をお金で計るようなものではない。

それなのにお金欲しさに犯行に及ぶとは随分と「命」も軽んじられたものだと思えてならない

被害者からすれば大切な家族・親族・友人・仲間を奪われてしまうからには被疑者にもそれ相応の量刑を求めるのも当然だと言える。

しかし、近年では死刑廃止論が高まっている。

私、一個人としては死刑についての賛否は正直言って決めかねる。

確かに死には死をもって償うことが「命の代価」に相応しい。

だが、その「命」を裁判と言う天秤にかける側の裁判官、検察、弁護人、警察も辛い。

被疑者とはいえ、法律で定められているとはいえ、結局は「命」を扱う。

そう考えると余計に「命」の尊さを我々は学ばなければいけないと痛感させられる。

我々はもっと「命」の重要性を認識しなければいけないのではないのだろうか。

最近では某大学生が交際していた女性に対し、SNSで死を強要し、結果相手が自殺するという残忍な事件も発生している上、いじめによる自殺などの被害が相次いでいる。

人が手を下さなくても簡単に「命」は奪えてしまうのだ。

親兄弟や親族、教師や上司部下、友人同士でも構わない、「命」とは何かを再認識するように心がけてもらいたいものだ。

悲しい報道はもう見たくない。

今日の一言
「今日は3月3日、ひなまつりという女性の節句。いい人になるんだぞと心から願う」

書への冒涜とでも言うべきか。

アンネ・フランクに関する書籍が破られるという被害が多発している。

報道では、被害にあったのが都内8自治体の38図書館の308冊で、有名な「アンネの日記」をはじめ、「アンネ・フランクの生涯」などアンネ・フランクにまつわるものや「アウシュヴィッツの手紙」など一般的なユダヤ人迫害に関する書籍もあったそうだ。

館内の蔵書検索システムで特定のキーワードを入力すれば本の有無や所在などがすぐにわかるから、犯人はこれを利用して犯行しているらしい。

何故、今頃になってこのような犯行をするのだろうか。

ナチズムに傾倒しているものか、軍国主義に傾倒しているものか、今の日本政府方針に反発するものか、アジア圏の国家の陰謀かと色々憶測があるようだが、このようなことをするのは好ましくない。

本に何の罪があるというのか、アンネやユダヤが何かしたのか。

警察には早く犯人を検挙してもらい、真実を知りたいものだ。

今日の一言
「そろそろ春らしくなってきた。花見が待ち遠しい」

名前の由来

先日、プライバシーや人権、コンプライアンスなどと色々考えさせられることがあって、ペンネームを考えてみた。

あだ名やハンドルネームでもよかったけど、それもつまらないと思い、悩み考えたのが「指田館人」。

読み方は「サシダ タテヒト」。

住んでいる地名と自身の氏名を合わせて作ってみた。

しかし、姓名判断の字画は酷いもので、どうしようかと思ったが、これ以外に思いつかないので暫くはこのペンネームでやっていこうと思う。

それにしても名前には多くの「由来」というものはたくさんある。

紹介をしていきたいが、すでにそういう特集があるサイトを見つけたので参考までに見て頂ければと思う。
↓↓
http://matome.naver.jp/odai/2128453182902976701

そう考えると名前というのも面白い。

苗字だって名前だって色々由来がある。

歴史を紐解くことも出来るし、先祖のことも知れる。

あとは親心だろうか。

こう育って欲しいという意味合いを込めて名前を考え、届け出る。

改めて親、名前を考えた方々には頭が上がらない。

このペンネームもいい方向にいったらいいなと思う今日この頃。

今日のつぶやき
「そろそろ春がやってきそうだ」



人生設計の話

先日、友人と電話をしていて本人の人生設計を簡単に聞いた。

細かい話までは書かないが、感じたことは「ちゃんと考えているな」ということだ。

「人生80年」と言われるようになった昨今、どのような人生設計が一番いいのだろうかと想像してみたのだが、正直言って現実性もなければ「夢」みたいな感じで酷い。

まぁ、夢物語のようなことが現実化すればどれだけいいかというのだが、そんなことばかり考えていても目先が真っ暗になり、余計に将来が嫌になってしまう。

「なるようになる」と言う考え方も悪くないと思ったこともあったが、流されたとしても感情をもっているのだからどこかで後悔することになると思い、止めてしまった。

じゃあどうすればいいのだろうか。

パズルのピースのように決まった形があるわけでもなければ、模型のように順番に組み立てればいいようなものでもない。

建物のように決まった設計で組み立てられたとしても、施工不良があったり、どこかできっと疑義が生じてしまう。

どのような人生設計が一番理想なのだろうか。

しっかりとしたビジョンがあり、それを揺ぎ無い形で成しえればその人は人生の達人だ。

だが、現実を見聞きすれば何事も絵空事だったかのような状態だそうだ。

一番いいのは、人生の終焉時に「いい人生だった」とでも考えて言葉に発せられること。

全ては本人の意思一つだ。

とは言うものの、もう少し枠組から基礎をしっかりし、軌道修正をして満足出来る人生設計を組み立てられればいいのだが。

人生はロジカルシンキングだけでは上手くいかないと改めて思う次第。

「今日の一言」
「大雪に てんやわんやの日本列島 見習うべきは夏冬対策の都市か」

メダルや勝利が全てではないという認識を持ってもらいたい。

ソチオリンピックが始まってまだ日が浅いが、日本勢の活躍が大いに期待されているが、蓋を開けてみればメダル獲得が思うように出来ないものの、銀銅メダル獲得者も出てきたし、上位入賞者が多いことは凄いことだと私は思っている。

オリンピックもそうだが、「大会」という限られた場所に選手であれ、補欠であれ、関係者であれ出場出来ることは簡単ではないし、並大抵の努力だけでは実現出来ない。

その限られた世界の中でどのような形でも参加出来ることは国民としてもそうだが、一個人としても「凄いな」という一言冥利に尽きる。

しかし、スポーツ誌を中心としたマスメディアはメダル獲得をメインに報道しているし、国民もメダル獲得を大いに期待している。

それはそれでいいことだが、メダル獲得が出来なかったときの批判が酷い。

選手だけでなく、関係者もしくは他国までに及ぶことが多く、場合によっては遺恨さえ発生してしまう。

それに、国から補助されている強化費に対してもメダルが取れなければ「税金の無駄遣い」や「税金泥棒」扱いをする人もいる。

フェアじゃないことをしたのであればそれなりの抗議・批判も必要だろうが、如何せん、メダルが取れなかったことによる抗議・批判はやり過ぎではと思う節が多々ある。

「ここで」とか「あの場面で」とか色々と言う人がいるが、その時々で選手や会場、天気のコンディションだって変わるのだから終わったことを蒸し返すようにしてはいけないと私は思っている。

「よくやった」とか「頑張った」、「お疲れ様」という言葉が普通に出てこないことが逆に驚きだ。

メダルが取れないだけで「謝れ」や「税金泥棒」、「観光旅行に来ているのか」などと言われては選手や関係者も面白くないし、今後のモチベーションに影響する。

逆に言う側が言われる側になった際の心境を聞いてみたいものだと思ってしまうくらいだ。

野球や競馬、ラグビーにマラソンなどもそうだが、自身の期待に反目した結果になってしまうと大抵の方々がそのような蒸し返しになる。

業界人や関係者など特定のスポーツに関わっている方々からすれば考え方はやはりメダルとか上位入賞を期待するのは十分理解をしているし、競馬や競艇、競輪などのスポーツはギャンブルなので一攫千金を求め、応援している馬や選手もいるので一概に否定は出来ない。

とはいえ、時過剰なまでの批判の嵐はあまりに酷いし、人格や考え方を疑ってしまう。

見方考え方は等々あるから深くまでは問わないし、強要もしないが、もう少し批判を減らすことはしてもらいたいものだ。

今日の一言
「オリンピック選手の方々へ。無事に帰ってきて下さい!それだけが心配」

雪見酒とは縁遠い

先週大雪が降ったと思ったらまた雪だという。

個人的には雪景色は好きだし、雪遊びをすることも好きだから構わないのだが、世の中はそう簡単にはいかない。

大雪が降れば交通機関が麻痺し、通勤通学が出来なければ輸送手段も減るため買い物をしようとしても商品の陳列が無くて買えないことも起きる。

それに時期的にインフルエンザが蔓延しやすいし、寒暖の差によるヒートショック現象の発生も危ぶまれる。

色々と考えてしまえばどの季節にしてもリスクはあるが、夏と冬がある意味危険なのだろう。

雪を楽しむ余裕があるのは子供だけではないのだが、時代が変わるほど大人には余裕が無いのかもしれない。

休みであれば炬燵に入って窓越しに雪を見ながら雪見酒と洒落こみ、つまみを食べながら家人と談笑することなどいかにも粋っぽいが、時代が時代なのでそういう人は減っているような気がする。

そのくらい、今と昔が違うのだろう。

もう少し何事にも余裕が欲しいと思う今日この頃。

今日のつぶやき
「酒の肴を買おうにも商品が売ってないんじゃ無理だ。それ以前に私はお酒を嗜まないが雰囲気は味わいたい。」

身体への気遣い

年末年始から風邪の初期症状が続き、ようやく開放されたと思ったら今度は疲労困憊が目立ち、食後の胃からの込みあがりが激しくなった。

忘年会や新年会もあったし、具合が悪かったために5キロウォーキングを止めていたらこの様だ。

まだまだ20代だと思ってはいたが、意外と身体は老化傾向にあるのかもしれない。

調べてみるとどうやら「肝臓」があまりよくなさそうだ。

元々医者から「肝脂肪」という診断を受けており、運動をとにかくすることだと言われ、食事にも多少気を使いながら運動をしてきたのだが。

気になって薬局へ行き、肝臓によい薬を求めるのだが、思っていたより高額で驚いた。

「タウリン」という牡蠣や蜆などの貝類や烏賊に蛸といったいわゆる海産物に多く含まれている成分が肝臓によいということなのでその薬を求めたが、扱っていなかった。

薬剤師を呼んで頂き、説明を聞いた。

どうやらタウリンだけでなく「アミノ酸」なども取らなければバランスがよくないとか。

それに、市販の薬よりも医者から処方された薬の方が安価だそうだ。

とりあえず、高額な薬に太刀打ち出来ず、薬剤師とお店の方に謝りながら帰った。

翌日が土日だったのでゆっくり休むとともに栄養剤を服用した。

たっぷり寝たことと栄養剤を飲んだことがよかったのか、思ったより元気になれたのだが、やはり食事が辛い。

食べれるし、お腹も空いたのだが、どうしても身体があまりいい反応を示さない。

肝臓だけでなく、胃腸もやられているのかもしれない。

そうなると、いよいよ色々と嫌なことを考え始めてしまう。

まぁ、先日もピロリ菌が発見されて胃がんのリスクが上がったし、肥満だから悪化すれば糖尿病や痛風などのリスクだって出てくる。

とはいえ、まだ20代、医者もそこまで深刻に考えていないのかあまり考えない方がよいという。

確かにあまり下向きに考えてしまうと何事もよくない方向へ行く。

もう少し楽観的にはまずいのでそれなりに考えていればいいのかと思う。

とにもかくにももう少し身体を動かせるようにしなければと思う今日今頃である。
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